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「似た相場」を探してポートフォリオを組む——市場構造類似性に基づく検索型資産配分の再現検証

対象 / ポイント

対象: 分散投資やポートフォリオ理論に関心があり、「リスクの推定精度を上げれば配分が良くなるはず」と直感的に思っている方。数式は使わず、手法の骨格と検証結果を扱う。

ポイント:

  • 過去の「似た市場環境」を検索して共分散行列を合成し、ポートフォリオ配分を改善する手法が提案された
  • 独自に再現検証を行い、リスク平価(RP)ポートフォリオでは論文値にほぼ一致する結果を確認した
  • しかしコスト込みで評価すると、最もシンプルな推定法(Ledoit-Wolf)と同等かそれ以下であり、推定精度の改善がそのまま運用成績の改善にはならないことを定量的に示した
  • 過去の「似た相場」を検索 共分散行列を合成してポートフォリオ配分を改善する手法
  • 再現検証で論文値に一致 RPで差0.004、MVPでも差0.010まで収束
  • コスト込みではLWと同等以下 推定精度の改善≠運用成績の改善を定量的に確認

何をやっている手法か

2020年3月、コロナショックで業種間の相関が急変した。直近データだけでポートフォリオを組んでいた投資家は、「平時の分散」を前提にしたまま暴落に突っ込んだ。過去にも似た急変があったはずだが、いつ、どの局面が「今と似ていたか」を定量的に探す方法がなかった。

星野 (2026) がプレプリントとして発表したこの論文1が提案するのは、過去の中から「今と似た市場構造」の時期を検索し、その時期の共分散行列を混ぜて使うというアプローチだ。

先に結論を言うと、この手法は再現検証でほぼ論文値に一致した。しかしコスト込みでは、最もシンプルな推定法(Ledoit-Wolf)と同等以下だった。以下、なぜそうなるかを検証の順に追う。

なぜ「似た時期」を使うのか

ポートフォリオを組むには、資産間のリスク構造(どの資産がどれくらい一緒に動くか)を推定する必要がある。この推定に使う「共分散行列」は、相場の局面によって大きく変わる。リーマンショック時と穏やかな上昇相場では、業種間の連動パターンが全く違う。

素朴な方法は直近250日から推定することだが、49業種なら推定すべき数字は1,225個。データに対してパラメータが多すぎ、ノイズが大きい。一方、過去20年分を全部平均すれば誤差は減るが、「今とは違う局面」のデータも混じってバイアスが入る。

この手法は、その中間を狙う。「今と似た市場構造」だった過去10回分を見つけ出し、それらの共分散行列を最尤推定で合成する。 似た局面だけを集めるので、全期間平均よりバイアスが少なく、直近250日だけよりノイズが少ない——というのが理論上の利点だ。

では「似ている」とはどう定義するのか。ここが手法の核心になる。

「似ている」をどう測るか

市場の「形」を測る方法は1つではない。建物の似ているかどうかを、間取り・高さ・向き・密集度の4つの角度から測れるように、この手法では4種類の特徴量で市場構造を捉える。結果的に効いたのはFiedlerベクトルと近接中心性の2つだったが、まず4つの全体像を示す。

ネットワーク系(業種間の相関からグラフを構築)

  1. Fiedler ベクトル(≒間取り): 市場が「2つのグループに分かれやすいか」を表す。コロナショック時は内需と外需がきれいに分離した
  2. 近接中心性(≒密集度): 各業種が他の業種にどれだけ「近い」かの分布。市場全体が一方向に動くパニック局面では、全業種の中心性が上がる

行列系(共分散行列から直接抽出)

  1. 最大固有ベクトル(≒向き): 市場全体のリスクがどこに集中しているか。金融危機なら銀行・保険に集中する
  2. 固有値分布(≒高さ): リスクが少数の要因に集中しているか、分散しているか。1つの要因が支配的なら「高い」

これらの特徴量が「今」と近い過去の時点を見つけ、その時期の共分散行列を使ってポートフォリオを組む。論文はこの手法でどの程度の改善を達成したのか。

論文の結果

Fama-French 49業種ポートフォリオ2(米国、1926年〜)を使い、2006年1月から2025年12月で評価している。比較対象は標本共分散とLedoit-Wolf縮小推定3という2つのベンチマーク。評価指標はリスクリターン比(年率リターン÷年率リスク)で、高いほど「リスクあたりの収益が良い」。

最小分散ポートフォリオ(MVP)

手法年率リターン年率リスクリスクリターン比
標本共分散9.64%14.18%0.680
Ledoit-Wolf9.69%14.18%0.684
提案手法(Fiedler)10.59%14.22%0.744

リスク平価ポートフォリオ(RP)

手法年率リターン年率リスクリスクリターン比
標本共分散10.43%18.82%0.554
Ledoit-Wolf10.43%18.83%0.554
提案手法(Closeness+AIRM)10.58%18.85%0.561

MVPではリスクリターン比が0.680→0.744へ上昇し、約9%の相対改善((0.744−0.680)÷0.680)。RPでは約1%の改善にとどまる。RPの改善幅はかなり薄い。

この程度の改善幅は、実装の細部や評価定義の違いで簡単に崩れうる。そこで、同じ条件をできるだけ揃えて独自に再現を試みた。

実際に再現してみた

検証条件

項目論文独自検証
データFF49 Industry Portfolios同左(公開データ)
評価期間2006-01〜2025-12同左
アルゴリズムDuckDB VSS (HNSW)exact brute-force surrogate
年率化不明(CAGR と整合)CAGR
ポートフォリオMVP / RP同左

データも期間も揃えた「忠実再現」を試みた。検索エンジンだけが異なる(論文は近似最近傍探索、こちらは全数探索)。

ベンチマーク再現(Phase 0)

ここで見るべきは「差」の列だけだ。±0.01以内なら再現は十分。

手法リスクリターン比(実測)リスクリターン比(論文)判定
標本共分散 MVP0.6500.680-0.031方向一致
Ledoit-Wolf MVP0.6620.684-0.021方向一致
標本共分散 RP0.5530.554-0.001ほぼ一致
Ledoit-Wolf RP0.5590.554+0.006ほぼ一致

RPのベンチマークは論文とほぼ完全に一致した。MVPは少し低いが、方向性は合っている。

主結果(Phase 1)

提案手法は論文値をどこまで再現できたか。ここも「差」の列が判定基準になる。

手法リスクリターン比(実測)論文値判定
Fiedler MVP0.6970.744 (ANN) / 0.707 (AIRM)-0.010 (vs AIRM)ほぼ一致
Closeness+AIRM RP0.5570.561-0.004ほぼ一致

RPは論文値との差がわずか0.004。MVPも論文のリランキング版(AIRM)との差は0.010まで収束した。

再現過程で見つかった実装上の落とし穴

再現の過程で、結果を大きく左右する実装上の問題が2つ見つかった。

1つ目は年率化の方法。 論文は計算式を明示していないが、算術平均(日次平均×252)ではなくCAGR(幾何平均年率リターン)を使うと論文表と整合する。算術平均のままだとRPのリスクリターン比が0.62になり、論文の0.55から大きく乖離する。年率リスクは一致するのにリターンだけ上振れるため、最初は手法の問題だと思い込みかけた。

2つ目はFiedlerベクトルの符号不定性。 Fiedlerベクトルは固有ベクトルの一種であり、数学的にはvと-vのどちらも同じ解である。しかし、隣接する月のFiedlerベクトル同士を比較すると、42%の頻度で符号が反転していた。ユークリッド距離で「似ている時期」を探す際、符号が逆だと「最も遠い」と誤判定される。この修正だけでリスクリターン比が0.667から0.697に跳ね上がった。

ここからが本題——運用に使えるのか

再現はかなりうまくいった。しかし、投資における本当の問いは「論文を再現できるか」ではなく「運用に使えるか」だ。

Ledoit-Wolf(以下LW)をベースラインとして、提案手法に置き換えた場合のコスト込み成績を比較した。

最小分散ポートフォリオ(MVP): 提案手法 vs LW

指標Ledoit-Wolf提案手法(Fiedler)
リスクリターン比0.6620.697+0.035
同(10bp コスト込み)0.6410.655+0.014
同(20bp コスト込み)0.6190.613-0.006
最大ドローダウン40.71%37.84%-2.87pp
年間回転率1.412.86+1.45

コストがゼロなら+0.035の改善。10bp(片道0.1%)のコストでも+0.014の改善が残る。最大ドローダウンも2.87ポイント改善されている。

しかし20bpでは逆転する。そして回転率が2倍。毎月のリバランスでポートフォリオの入れ替え幅が大きいため、コストが重い。

リスク平価ポートフォリオ(RP): 提案手法 vs LW

指標Ledoit-Wolf提案手法(Closeness+AIRM)
リスクリターン比0.5590.557-0.002
同(10bp コスト込み)0.5570.555-0.002
最大ドローダウン54.65%54.10%-0.55pp
年間回転率0.170.21+0.04

RPでは、コスト前の時点でLWを下回っている。改善幅がゼロどころかマイナスだ。

判定

ポートフォリオ判定理由
RP(リスク平価)不採用LWと同等以下。実装の複雑さに見合わない
MVP(最小分散)保留10bpまで優位、MDD改善。ただし20bpで逆転、回転率2倍

RPは論文の再現としては成功したが、運用ツールとしてはLWで十分だった。MVPは条件付きで有望だが、全面採用するには回転率のリスクが大きい。実験的な「オプション機能」として残す位置づけとした。

なぜ「推定精度の改善」が「運用成績の改善」にならないのか

この結果は直感に反するかもしれない。共分散行列の推定が良くなれば、ポートフォリオも良くなるはずでは?

理由は2つある。

1つ目は、LWが既にかなり良いこと。 Ledoit-Wolf縮小推定は1行の関数呼び出しで実装でき、計算は一瞬で終わり、パラメータ調整も不要。にもかかわらず、標本共分散から安定的に改善する。検索型手法は、このLWを超えなければ意味がないが、RP側ではその壁を越えられなかった。

2つ目は、推定改善がコストと回転率で相殺されること。 共分散の推定を良くするほど、ポートフォリオのウェイトが「正しい方向」に動く。しかし、ウェイトが動くことはリバランスコストを生む。推定改善による利益が小さい場合、リバランスコストの増分がそれを食い尽くす。

別タイプのクオンツ戦略である日米業種リードラグ戦略と比較すると、構造が見えてくる。

リードラグ戦略検索型資産配分
エッジの源泉時差による情報の遅れ共分散推定の改善
エッジの強さ年率26%(コスト前)リスクリターン比+0.035(コスト前)
実行頻度日次月次
コスト感度極めて高い中程度
死因薄い粗利に毎日のコスト薄い改善幅に回転率

どちらも「地図は正しいが、走ると経費で赤字になりうる」というパターンだ。ただし死に方が違う。リードラグは「毎日の売買コスト」に殺される。検索型は「改善幅がそもそも小さく、LWという強いベースラインを越えられない」。

この検証から得られる教訓

ベースラインの強さを過小評価しない。 Ledoit-Wolfは1行で書ける推定法だが、極めて強い。新手法を評価するとき、「標本共分散より良い」は当たり前で、「LWより良い」が本当のハードルだ。

論文再現と運用判断は別の問い。 再現検証では論文の値にかなり近い結果が出た。しかし「再現できた」ことと「使える」ことの間にはギャップがある。RPは再現に成功したが運用では不採用。MVPは再現が部分的だが運用では保留(条件付き候補)。再現の精度と採用判断は必ずしも連動しない。

「エッジの源泉」を正確に特定する。 この手法のエッジは「市場予測」ではなく「リスク推定の改善」にある。リスク推定の改善は、リターン予測に比べて生み出す利益が構造的に小さい。コスト込みで評価したとき、その薄い利益がベースラインとの差として残るかどうかが、最終的な採用ラインになる。

投資において、「理論的に正しい改善」と「実運用で残る改善」は別物である。その差を定量的に測ることが、定量投資の実務では理論そのものと同じくらい大切だ。だが、もうひとつ付け加えるなら——再現検証を通じて実装の落とし穴を踏んだ経験こそが、次の手法を評価するときの判断精度を上げる。 論文を読むだけでは得られないこの実装を通じた経験的知見が、定量投資における最も再現性の高い資産かもしれない。

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  1. 星野 (2026). 市場構造類似性に基づく検索型資産配分手法. プレプリント. 

  2. Kenneth R. French, Fama-French 49 Industry Portfolios. Dartmouth College. 

  3. Ledoit, O., & Wolf, M. (2004). A well-conditioned estimator for large-dimensional covariance matrices. Journal of Multivariate Analysis, 88(2), 365–411.