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米国が動いた夜、日本市場は翌朝どう反応するか——日米業種リードラグ戦略の読み解きと再現検証

対象 / ポイント

対象: 株式投資に興味があり、「米国市場の動きが翌日の日本株に影響する」と聞いたことはあるが、それを定量的にどう使うのかイメージが湧かない方。数式は使わず、考え方の骨格だけを扱う。

ポイント:

  • 米国11業種の当日リターンから日本17業種の翌朝〜引けを予測する戦略が提案され、「事前知識を混ぜた正則化PCA」が予測を大幅に安定させる
  • 論文とは異なるデータで独自に再現しアルゴリズムの優位性を確認したが、毎日売買するコスト構造がエッジを食い尽くし現時点では実運用が成立しない
  • 「構造 × 推定安定性 × 実行可能性」の3つが揃って初めて戦略になることを定量的に示した実例である

何を狙っている戦略か

米国市場(NY)は日本時間の深夜から早朝にかけて動く。東京市場が開くのはその数時間後。この時間差の間に、米国で起きた業種ごとの値動きが、日本の同系統の業種にまだ完全には反映されていない可能性がある。

たとえば米国のテクノロジーセクターが大きく上がった夜、翌朝の東京市場で電機・精密セクターがそれに追いつくように動く——という現象が、統計的に繰り返し観測されるなら、そこに予測可能な構造がある。

この論文は、その「時差による情報の遅れ」を体系的に取りにいく戦略を提案したものである1

なぜ単純な方法ではうまくいかないのか

米国は11業種、日本は17業種。素朴に考えれば「米国のどの業種が上がったら、日本のどの業種が翌日上がるか」を11×17=187通りの関係として推定すればいい。

しかし現実には、60日程度のデータ(ローリングウィンドウ)で187個のパラメータを安定推定するのは無理がある。データ数に対して推定すべき数が多すぎて、ノイズを拾ってしまう。昨日たまたま起きた偶然の連動を「法則」として学習してしまうリスクが高い。

ここで登場するのがPCA(主成分分析)という手法である。

PCAが果たす役割

28業種の値動きは一見バラバラに見えるが、実は少数の共通パターンでかなり説明できる。PCAはそれを数学的に抽出する。

この論文で使われている3つの共通パターンは、経済的にも直感的に理解しやすい。

  • 全体がリスクオン(株を買いたい)かリスクオフ(安全資産に逃げたい)か
  • 米国と日本のどちらが相対的に強いか
  • 景気敏感セクター(鉄鋼、銀行など)とディフェンシブセクター(食品、医薬品など)のどちらに資金が向かっているか

187個の関係を直接推定する代わりに、この3つの軸で日米の値動きを要約する。米国の当日リターンを3軸に射影してスコアを出し、それを日本側に写像して翌日のシグナルにする。情報を圧縮することで、ノイズに振り回されにくくなる。

普通のPCAの弱点と、正則化の意味

PCA自体は古典的な手法だが、弱点がある。60日分のデータから28銘柄の相関行列を推定すると、その行列自体がノイズを含んでいる。ノイズまみれの相関行列にPCAをかけると、抽出される共通パターンも日々ブレる。

この論文の技術的な核心は、「部分空間正則化」と呼ばれる工夫にある。

やっていることの本質はシンプルで、データから計算した相関行列と、事前に想定した構造(グローバル/国スプレッド/シクリカル・ディフェンシブ)を混ぜ合わせる。論文では事前知識の比率を90%に設定している。つまり「データ1割、事前知識9割」でPCAを回す。

一見、データをほとんど使っていないように見えるが、これが効く理由がある。事前知識が「大まかな方向」を固定し、データの1割が「今の微妙なズレ」を捉える。全部をデータに任せるとノイズに振り回されるが、骨格を固定した上で微調整だけをデータに委ねることで、推定が安定する。

論文の結果

論文では2010年から2025年までの約15年間で検証している。比較対象は、単純モメンタム(過去の勢いが強い業種を買う)、正則化なしの通常PCA、そして提案手法の正則化PCA。

戦略年率リターンリスク・リターン比最大ドローダウン
単純モメンタム5.63%0.53-16.97%
通常PCA6.24%0.62-23.65%
正則化PCA23.79%2.22-9.58%

正則化PCAが他を圧倒している。最大ドローダウン(ピークからの最大下落幅)も最小で、リターンが高いだけでなくリスクも抑えられている1

さらに、Fama-Frenchの3ファクターやCarhartの4ファクターでリスク調整しても、年率22%超のアルファ(超過収益)が統計的に有意に残った。既知の投資スタイル(バリュー、モメンタムなど)では説明できない収益源があることを示唆している。

実際に再現してみた

ここまでの解説を読んで「本当にそんなに効くのか」と思った方もいるだろう。同じ疑問から、論文とは異なるデータソースで独自に再現検証を行った

検証条件

項目論文独自検証
米国データ不明(Bloomberg等推定)FMP API
日本データ不明J-Quants Light(JPX提供)
期間2010-2025(15年)2021-2025(4年)3
アルゴリズム論文通り論文通りに再実装

データソースが違い、期間も4年しかない。論文の数字をそのまま再現するのではなく、「別のデータで同じ手法を走らせたときに、優位性の構造が保たれるか」を見る。

結果

戦略年率リターンリスク・リターン比最大ドローダウン
単純モメンタム-3.93%-0.47-27.27%
通常PCA+14.28%1.41-13.73%
正則化PCA+26.64%2.47-9.66%
ダブルソート+18.86%1.65-18.32%

順位関係が論文と完全に一致した。 正則化PCAが最も高いリターンと最も低いドローダウンを示し、通常PCAやモメンタムを大きく上回った。リスク・リターン比は論文(2.22)をやや上回る2.47。

2022年の好調期(+49.71%)が全体を引き上げている懸念があったが、2022年を除外しても年率+19.74%、リスク・リターン比1.71が維持された。

パラメータを変えても崩れない

論文の設定(ファクター数3、ウィンドウ60日、正則化90%、分位30%)だけでなく、各パラメータを変えた27通りの組み合わせで検証した。全てのパターンでリスク・リターン比が1.7を超えた。

これは重要な情報で、「たまたま論文のパラメータ設定が良かっただけ」ではないことを意味する。

Placeboテスト

アルゴリズムが本当に機能しているかを確認するため、3種類のPlaceboテストを行った。

テスト方法リスク・リターン比
本来の正則化PCA正しいシグナル2.24
1日遅れ昨日のシグナルで今日を売買0.60
ランダム銘柄のロング/ショートをランダムに割り当て0.34

1日遅れにするだけで大幅に劣化し、ランダムではほぼゼロに落ちる。シグナルの鮮度とアルゴリズムの選択に依存した優位性が存在することを示す支持材料である2

しかし「儲かる」とは言えない理由

ここまで読むと、すぐにでも実行したくなるかもしれない。しかし、論文の数字をそのまま実運用の期待値と見なすのは危険である。

この戦略は毎日、17銘柄の中から上位30%を買い、下位30%を空売りし、引けで全て手仕舞う。日次で全ポジションを入れ替えるため、売買回数が非常に多い。

売買手数料自体はゼロにできる(1日定額プランで約定代金100万円以内の証券会社を利用する場合)。問題は「スリッページ」にある。

スリッページとは、バックテストで想定した価格と、実際の約定価格のズレのこと。板が薄いETFでは、自分の注文が価格を動かしてしまう。これは手数料と違って回避できない構造的なコストである。

コスト感度分析

片道スリッページを変えてシミュレーションした結果が以下である2

スリッページ(片道)税引後年率リターンリスク・リターン比最大ドローダウン
0(理想)+21.31%2.14-10.06%
0.01%(1bps)+10.90%1.20-17.47%
0.02%(2bps)+1.88%0.27-25.98%
0.03%(3bps)-7.47%-0.66-38.92%

片道0.01%と0.02%の間で、リスク・リターン比が1.20から0.27に急落する。 この非線形な崩れ方は、戦略の粗利が薄いことを意味している。

なぜこんなにコストに弱いのか

この戦略の実態を数字で見ると構造がわかる。毎日ロング5銘柄・ショート5銘柄を保有し、日次の銘柄入替率は62%。年間では約3,000回の売買が発生する。

片道0.01%のズレでも、年間3,000回の売買を通じて積み上がると年率で約10%のコストになる。エッジが年率26%でも、コスト10%+税金5%で手残りは11%。片道0.02%なら年率コスト20%で、エッジをほぼ食い尽くす。

流動性の壁と迂回路の行き止まり

さらに、TOPIX-17業種別ETFの流動性は銘柄間で大きくばらつく。1日の売買代金が1億円を超える銘柄は17銘柄中わずか4銘柄で、5,000万円未満の銘柄が10銘柄を占める。

流動性の高い銘柄だけに絞る案も検証したが、17銘柄を7銘柄に減らした時点で戦略は完全に崩壊した。ロング2銘柄・ショート2銘柄では分散が足りず、個別銘柄のノイズにシグナルが埋もれてしまう。

ショートを外してロングだけにする案も試したが、エッジの大部分がショート側にあるため赤字に転落した。

地図は正しいが、その道を車で走るとガソリン代で赤字になる。 しかも迂回路(銘柄を絞る、ショートを外す)もすべて行き止まりだった。

この論文から得られる教訓

投資戦略の研究において、「何を予測するか」と同じくらい「どうやって推定を安定させるか」が重要であることを、この論文は明確に示している。

正則化なしのPCAと正則化ありのPCAは、使っている情報源は同じ(日米28業種の相関行列)で、予測の構造も同じ(低ランク線形予測)。違いは推定の安定性だけ。それだけでリスク・リターン比率が0.62から2.22に跳ね上がる。

一方で、どれほどアルゴリズムが優秀でも、執行コストを超えるエッジがなければ運用は成立しない。今回の検証は、「構造 × 推定安定性 × 実行可能性」の3つが揃って初めて戦略になることを定量的に示した実例でもある。

「面白い研究」と「儲かる運用」は別物である。その境界線がどこにあるかを見極める力が、定量投資においては戦略そのものと同じくらい価値を持つ。


  1. 中川慧, 竹本悠城, 久保健治, 加藤真大 (2026) "部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略", 人工知能学会第二種研究会資料, SIG-FIN-036-13, pp.76-83. https://doi.org/10.11517/jsaisigtwo.2026.FIN-036_76 

  2. 独自検証による。FMP API(米国)および J-Quants Light(日本)から取得した2021-2025年のデータで論文手法を再実装し、コスト条件を変えた感度分析を実施した結果。 

  3. J-Quants Light プランでは TOPIX-17 業種別 ETF のデータが2021年3月以降のみ取得可能なため、論文の全期間(2010-2025)は再現できなかった。